
海辺に行くといつも◆詩「二つの小石」
◆海辺で海を見つめながら並んでいる無数の丸い石を見ると、心臓病を患いながらも認知症の母を介護した父と、いつも寄り添い手をつないでいた二人の姿がありありと胸に浮かぶ。◆「もっと息子としてできることがあったのではないだろうか」。この問いが後悔のように、今でも夕日に色づく水平線から波に乗って打ち寄せてくる。今日は...

◆海辺で海を見つめながら並んでいる無数の丸い石を見ると、心臓病を患いながらも認知症の母を介護した父と、いつも寄り添い手をつないでいた二人の姿がありありと胸に浮かぶ。◆「もっと息子としてできることがあったのではないだろうか」。この問いが後悔のように、今でも夕日に色づく水平線から波に乗って打ち寄せてくる。今日は...

◆徘徊とは、どこともなく歩きまわることをいう。また、「徘徊る」と書いて「たもとおる」と読み、同じ場所をぐるぐるまわることを意味する。認知症を患ってからの母もどこともなく歩き、ぐるぐる同じ場所を歩き続けた。◆母にとってそれは本当に「どこともなく」だったのだろうか。母にとってそれは本当に「同じ場所ぐるぐる」と歩...

◆認知症の母は、家族が集まると、決まって人の話を遮っては自分の話ばかりを繰り返しました。当時の私はその理由を理解できず、「自分の話ばかりするのはやめてくれ」と、苛立ち紛れに母を咎めてばかりいました。 ◆母が言葉を完全に失ってから、私はようやく思い至ったのです。母は、私たちの会話の内容が分からなくなっていたの...

◆年を重ねたせいか、はたまた多忙のせいか、この頃とみに固有名詞が出てこなくなった。その一方で、どれだけ時が経っても忘れられない記憶もある。それは、喜びや切なさ、思いといった感情と強く結びついた記憶だ。 ◆認知症というのは何でも忘れ去ってしまうとか、記憶を消し去ってしまうように思われがちだが、認知症になっても...

◆今日の詩「紙おむつ」を書いた頃、宮本輝や向田邦子、そして伊集院静の初期の小説を、私は好んで読んだ。 ◆目まぐるしく事件が起こる物語とは一線を画し、彼らの作品には、ありふれた日常の中に潜む、思いがけない時間の厚みと、まるで幸せに縁取られたかのような静かな悲しみがあった。そして何より、彼らが紡ぐ言葉の一つ一つ...

私の中の母 藤川幸之助母よ認知症になってあなたは歩かなくなったしかし、私の歩く姿にあなたはしっかりと生きている 母よあなたはもう喋らなくなったしかし、私の声の中にあなたはしっかりと生きている 母よあなたはもう考えなくなったしかし、私の精神の中にあなたはしっかりと生き続けている 私のこの身体も私...

返す 藤川幸之助自分が死ぬわけでもないのに何でこんなにつらいのだろうか苦しそうな母を見るともう死なせてあげたいと思ういやずっと生きていてほしいと願う母の生を見守っていたいと思いながらも母の死に目を背けたい気持ちになる 認知症になって二十四年母さん本当のところを...

ただ月のように 藤川幸之助ただ月のように認知症の母の傍らに静かに佇む何かをしているように何にもしていないように見つめているようで見つめられているようで ただ月のように母の心に静かに耳を澄ます聞いているように聞かれているように役に立っているようで役に立っていないようで ただ月のように母の...

俯瞰 藤川幸之助母がなくなって行かなくなった場所がある母がなくなって通らなくなった道がある母がいなくなって会わなくなった人たちがいる母がなくなって歌わなくなった歌もある そして、母がいなくなって毎日上るようになった坂もあって上って見下ろすと私の住むところも母の入院していた病院もすっかり俯瞰できるのだ 母...

◆「一つもぎ 一つ先見ゆ 葡萄かな 幸之助」これは、去秋に葡萄を送ってくれた叔母へのお礼の葉書に書いた俳句だ。左手でつまんで目の前にぶら下げ、右手でもいで食べていると、葡萄の向こう側が少しずつ見えてくる。◆もう、この私は葡萄を三分の二ほど食べた頃か。SNSで文を書かないと死んでいるのではないかと問い合わせが...