認知症の母の詩

俳句の葡萄◆詩「袋」

◆「一つもぎ 一つ先見ゆ 葡萄かな 幸之助」これは、去秋に葡萄を送ってくれた叔母へのお礼の葉書に書いた俳句だ。左手でつまんで目の前にぶら下げ、右手でもいで食べていると、葡萄の向こう側が少しずつ見えてくる。◆もう、この私は葡萄を三分の二ほど食べた頃か。SNSで文を書かないと死んでいるのではないかと問い合わせが...

エッセイ

海容◆詩「静かな長い夜」

◆「海よ、僕らの使ふ文字では、お前の中に母がいる。そして母よ、仏蘭西人の言葉では、あなたの中に海がある。」*1三好達治 の詩集『測量船』の詩「郷愁」の一節である。◆「海」という文字の中には、確かに「母」という文字が入っている。また、フランス語で、「母」はmère(メール)と表記し、「海」はmer(メール)と...

認知症の母の詩

詩「領収書」◆他者の存在によって自分が変わる

◆心臓の病を患っていた父は、「おれの最後の大切な仕事だ」と言って、命がけで母の介護をした。母を支えたのは父だったけれど、父もまた認知症の母に生き甲斐を与えられ、母に生かされていたようにも思うのだ。◆詩人の谷川俊太郎さんは、この詩について「僕は「誠実なる生活」とお父様がノートに書いていたっていうエピソードに感...

詩「まだまだ」◆存在に耳を澄ます

◆母が認知症になって亡くなるまで、二十年以上もの間、母と言葉を通して意思疎通をしたことがなかった。言葉に耳を澄ますことができなければ、その存在に耳を澄ますしかない。記号である言葉と違って、存在が放つものには明確な意味など存在しない。だから、その存在を感じて自分の中で自分なりの意味が生まれるのを待つしかないの...

認知症の母の詩

詩「母よ!あなたは」◆この歳でも親は親のままで

◆朝起きて鏡の中のくたびれ果てた自分の姿に、「コウノスケ、頑張れよ!」と声をかけてみた。その声が父にそっくりで、何か父に励まされているような感じになった。◆母は認知症になっても財布の中に、自分の父母の写真を大事に持っていた。この歳になっても「お父さん!お母さん!」かと驚いたが、いくつになっても親は親のままな...