詩「ただ生きる」谷川俊太郎 ◆「あとがき」詩
◆詩「生きる」ではなく、詩「ただ生きる」だ。「未発表の詩だから掲載したら」と何気なく渡された詩だったが、私の原稿をしっかりと読み込んで、私の詩集『満月の夜、母を施設に置いて』(中央法規出版・2008年)の「あとがき」のために書き下ろされた詩だった。◆認知症の母が亡くなって作った詩集『徘徊と笑うなかれ』(中央法規出版・2013年)への谷川さんからの感想の手紙が出てきた。「藤川さんは何かを全うされたのだと思います。でもその何かは言葉にできないし、言葉にしたくないほど大きく深いものです。」この谷川さんの言葉になぞらえて書くと、谷川さんは詩だけにとどまらず言葉にできないほど大きく深い何かを全うされたのだと思う。◆谷川俊太郎さんの新書にウォルター・オングの言葉がある。「音は、それが消えようとするときにしか存在しない」1と。命も消えようとするとき、その存在が露わになる。そして、まわりの者の生をも色濃く映し出すようだ。 ◆19歳の時、図書館で谷川さんの詩集『日々の地図』を偶然手に取って、自分の足下にスーッと一本の道が見えた。その道を谷川さんを追いかけながら歩いた。そんな私を谷川さんはやさしく支えてくれた。 ◆もう谷川さんの詩集も読めない。もう谷川さんからの突然の電話もない。もう谷川さんは詩集の帯も書いてくれないけれど、谷川さんが示し支えてくれたこの道をしっかりと歩まなければと思う。谷川俊太郎さんに心より感謝したい。 参考文献1『詩と死をむすぶもの』朝日新書2008年
©FUJIKAWA Konosuke
ただ生きる
谷川俊太郎
立てなくなってはじめて学ぶ
立つことの複雑さ
立つことの不思議
重力のむごさ優しさ
支えられてはじめて気づく
一歩の重み 一歩の喜び
支えてくれる手のぬくみ
独りではないと知る安らぎ
ただ立っていること
ふるさとの星の上に
ただ歩くこと 陽をあびて
ただ生きること 今日を
ひとつのいのちであること
人とともに 鳥やけものとともに
草木とともに 星々とともに
息深く 息長く
ただいのちであることの
そのありがたさに へりくだる
写真:清水知恵子
詩集『満月の夜、母を施設に置いて』(中央法規出版)より
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©FUJIKAWA Konosuke
◆自選・藤川幸之助詩集
【支える側が支えられ 生かされていく】
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◆エッセイ集
「母はもう春を理解できない
~認知症という旅の物語~」
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