BLOG「月のように生きる」

◆今日の詩「紙おむつ」を書いた頃、宮本輝や向田邦子、そして伊集院静の初期の小説を、私は好んで読んだ。

◆目まぐるしく事件が起こる物語とは一線を画し、彼らの作品には、ありふれた日常の中に潜む、思いがけない時間の厚みと、まるで幸せに縁取られたかのような静かな悲しみがあった。そして何より、彼らが紡ぐ言葉の一つ一つが、私の心の柔らかな部分にそっと触れ、奥深くまで染み込んでくるようだった。

◆今思えば、認知症の母を介護しながら私が感じていた、言葉にならない感覚の正体を、この三人の小説の中に見出していたのだろうと思う。

◆中でも、伊集院静の小説「受け月」にある一節が、今日の詩「紙おむつ」を書くきっかけとなった。京都の四条の橋の上で舞妓さんが、明けの空に糸のようくっきりと浮かぶ受け月に手を合わせてお祈りをする場面が出てくる。「受け月に願い事をすると、願い事がこぼれないでかなう」――その言葉を、私は自分の祈りに重ねたのだった。

◆何かこぼれそうな感じだが、私の撮った今日の写真も受け月と言うのだろうか。今年は、7月9日が受け月になるらしい。

紙おむつ
          藤川幸之助          

ポイントが五倍も付くというので
特売日に母の紙おむつを買った
この際にと欲が出て買い込みすぎた
この重さが母の残された命かもしれないと
重さをしっかり受け止めて
汗だくで歩いた

いつものように病院の棚に
母の紙おむつを積み足す
減った分を補い
煉瓦のように並べていく
アルツハイマーで縮んでいく
脳の隙間を埋め
母の命を必死に取り戻すように
手際よく紙おむつを並べる
このどの辺りかで母は死ぬかもしれない
棚いっぱいになった紙おむつを見つめた

母のおむつを替えた
使用済みの紙おむつは
黄色く鮮やかだった
臭く重くゆったりとしていた
母はまだしっかり生きている
減っては積み足し
積み足しては減っていく
まるで月の満ち欠けのようだ

減った一つ分の紙おむつを積み足すと
母の病室の窓から月が見えた
明日にも消え入りそうな
受け月だった
せめて今日買った紙おむつが
棚の中にある間はと
受け月に願をかけて
病院を後にした

©FUJIKAWA Konosuke
詩集【支える側が支えられ 
      生かされていく】より

みなさま、宜しければ「シェア」をお願いします。
多くの方々に詩を読んでいただければと思っています。

◆自選・藤川幸之助詩集
 【支える側が支えられ 生かされていく】
 詳細は◆https://amzn.to/2TFsqRT
・―――・―――・◆・―――・―――・
◆『それが、ばぁちゃんなのだ。
  子どもの目から読み解く認知症』
 詳細は◆https://amzn.to/45TTFyJ

関連記事一覧