詩「悲しみ」 作・朗読:藤川幸之助
悲しみ
藤川幸之助
よくよく考えてみると
あの笑っているような母の声は
ぼけた自分をまのあたりにした
悲しみだった
公衆便所で母を立たせたまま
オムツを替えた
「カッカッカッ」と
母が笑うように何か言ったので
「何を笑ってるんだ
母さんのウンコだぞ」と
母を叱りつけたが
「カッカッカッ」と
まだ笑い続けるので
オムツを床にたたきつけた
オムツを替え終わり
ウンコの飛び散った床を拭いた
その間に母がいなくなってしまった
「もういいかげんにしてくれ!」
母を捜しながら私は思ってしまった
このまま母がいなくなれば
私は楽になるかもしれないと
母を半日探した
母は父と二人でよく行った
公園の芝生の上に座って
遠くの夏の雲を見つめていた
さっきまで死んでもいいと思っていた
この私がよかったよかったと
母の手を取り涙を流した
母はまた「カッカッカッ」と笑った
だから私には分かるのだ
他人には無意味な母の叫びでも
私にはそれが悲しみだと
しっかりと分かるのだ
『徘徊と笑うなかれ』(中央法規)
Amazon https://amzn.to/4ahhGzT
CATEGORIES