認知症の母の詩

詩「私の中の母」

私の中の母        藤川幸之助母よ認知症になってあなたは歩かなくなったしかし、私の歩く姿にあなたはしっかりと生きている 母よあなたはもう喋らなくなったしかし、私の声の中にあなたはしっかりと生きている 母よあなたはもう考えなくなったしかし、私の精神の中にあなたはしっかりと生き続けている 私のこの身体も私...

詩「ただ生きる」谷川俊太郎 ◆「あとがき」詩

◆詩「生きる」ではなく、詩「ただ生きる」だ。「未発表の詩だから掲載したら」と何気なく渡された詩だったが、私の原稿をしっかりと読み込んで、私の詩集『満月の夜、母を施設に置いて』(中央法規出版・2008年)の「あとがき」のために書き下ろされた詩だった。◆認知症の母が亡くなって作った詩集『徘徊と笑うなかれ』(中央...

子ども詩

若者に向けた詩◆詩「見えない矢印」

◆原稿の管理が悪い私にはよくあることだが、若い頃の原稿がごっそりと出てきた。三十数年前に書いた子ども向けの詩の原稿なのだが、どれもよく覚えていない。読み進めていくと自分なりに納得して書き上げたつもりなのだが、どれもこれも赤を入れたくなる。三十数年経ったからと言って、決して詩の腕は上がっているわけではないので...

認知症の母の詩

詩「返す」

返す                         藤川幸之助自分が死ぬわけでもないのに何でこんなにつらいのだろうか苦しそうな母を見るともう死なせてあげたいと思ういやずっと生きていてほしいと願う母の生を見守っていたいと思いながらも母の死に目を背けたい気持ちになる 認知症になって二十四年母さん本当のところを...

認知症の母の詩

詩「ただ月のように」

ただ月のように            藤川幸之助ただ月のように認知症の母の傍らに静かに佇む何かをしているように何にもしていないように見つめているようで見つめられているようで ただ月のように母の心に静かに耳を澄ます聞いているように聞かれているように役に立っているようで役に立っていないようで ただ月のように母の...

認知症の母の詩

詩「俯瞰」

俯瞰   藤川幸之助母がなくなって行かなくなった場所がある母がなくなって通らなくなった道がある母がいなくなって会わなくなった人たちがいる母がなくなって歌わなくなった歌もある そして、母がいなくなって毎日上るようになった坂もあって上って見下ろすと私の住むところも母の入院していた病院もすっかり俯瞰できるのだ 母...

認知症の母の詩

俳句の葡萄◆詩「袋」

◆「一つもぎ 一つ先見ゆ 葡萄かな 幸之助」これは、去秋に葡萄を送ってくれた叔母へのお礼の葉書に書いた俳句だ。左手でつまんで目の前にぶら下げ、右手でもいで食べていると、葡萄の向こう側が少しずつ見えてくる。◆もう、この私は葡萄を三分の二ほど食べた頃か。SNSで文を書かないと死んでいるのではないかと問い合わせが...

エッセイ

海容◆詩「静かな長い夜」

◆「海よ、僕らの使ふ文字では、お前の中に母がいる。そして母よ、仏蘭西人の言葉では、あなたの中に海がある。」*1三好達治 の詩集『測量船』の詩「郷愁」の一節である。◆「海」という文字の中には、確かに「母」という文字が入っている。また、フランス語で、「母」はmère(メール)と表記し、「海」はmer(メール)と...