BLOG「月のように生きる」

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詩「母の日記」◆【3月3日(火)宮崎市講演:申込締切2月20日(金)】

認知症が進む中でも、母は日記を書き続けていました 。震える手で、毎日同じ言葉を、時には前の日の日記をそのまま写しながら……。その日記のページをめくると、私の名前の横には、必ず決まった一言が添えられていました 。 来たる3月3日、宮崎市民プラザにて、認知症の母との24年間の歩みについてお話しさせていただきます...

Photo & Poetry|ただ月のように(佐賀県太良町にて)

【静かな海に、心を寄せて】◆佐賀県太良町の海。 私は時間を見つけてはここの海を撮影に行きます。この静謐な風景の中に身を置くと、「支える」という言葉の本当の意味を考えさせられます。海という存在がそう感じさせるのでしょうか。 ◆防波堤と灯台。時にはその間を通り抜ける船。その絶妙な距離感と関係性は、「してあげる/...

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「ラベリング」という名の壁◆おばあちゃんは、はたらきもの

◆子どもたちの作文選考に関わって、今年で13年目になります。 毎年この時期、子どもたちが「認知症」を見つめて綴った作文の一編一編と向き合う時間は、私自身の「まなざし」を問い直す大切なひとときです。 今日は、特に心に残る2編の子どもの作文を、著書『それが、ばあちゃんなのだ。』から紹介させてください。 「おばあ...

海辺に行くといつも◆詩「二つの小石」

◆海辺で海を見つめながら並んでいる無数の丸い石を見ると、心臓病を患いながらも認知症の母を介護した父と、いつも寄り添い手をつないでいた二人の姿がありありと胸に浮かぶ。◆「もっと息子としてできることがあったのではないだろうか」。この問いが後悔のように、今でも夕日に色づく水平線から波に乗って打ち寄せてくる。今日は...

「徘徊る」◆詩「徘徊と笑うなかれ」

◆徘徊とは、どこともなく歩きまわることをいう。また、「徘徊る」と書いて「たもとおる」と読み、同じ場所をぐるぐるまわることを意味する。認知症を患ってからの母もどこともなく歩き、ぐるぐる同じ場所を歩き続けた。◆母にとってそれは本当に「どこともなく」だったのだろうか。母にとってそれは本当に「同じ場所ぐるぐる」と歩...

認知症の母の詩

詩「手帳」◆寂しい笑顔

◆認知症の母は、家族が集まると、決まって人の話を遮っては自分の話ばかりを繰り返しました。当時の私はその理由を理解できず、「自分の話ばかりするのはやめてくれ」と、苛立ち紛れに母を咎めてばかりいました。 ◆母が言葉を完全に失ってから、私はようやく思い至ったのです。母は、私たちの会話の内容が分からなくなっていたの...

認知症の母の詩

記憶◆詩「約束」

◆年を重ねたせいか、はたまた多忙のせいか、この頃とみに固有名詞が出てこなくなった。その一方で、どれだけ時が経っても忘れられない記憶もある。それは、喜びや切なさ、思いといった感情と強く結びついた記憶だ。 ◆認知症というのは何でも忘れ去ってしまうとか、記憶を消し去ってしまうように思われがちだが、認知症になっても...

認知症の母の詩

受け月◆詩「紙おむつ」

◆今日の詩「紙おむつ」を書いた頃、宮本輝や向田邦子、そして伊集院静の初期の小説を、私は好んで読んだ。 ◆目まぐるしく事件が起こる物語とは一線を画し、彼らの作品には、ありふれた日常の中に潜む、思いがけない時間の厚みと、まるで幸せに縁取られたかのような静かな悲しみがあった。そして何より、彼らが紡ぐ言葉の一つ一つ...