詩「手帳」◆寂しい笑顔
◆認知症の母は、家族が集まると、決まって人の話を遮っては自分の話ばかりを繰り返しました。当時の私はその理由を理解できず、「自分の話ばかりするのはやめてくれ」と、苛立ち紛れに母を咎めてばかりいました。 ◆母が言葉を完全に失ってから、私はようやく思い至ったのです。母は、私たちの会話の内容が分からなくなっていたの...
◆認知症の母は、家族が集まると、決まって人の話を遮っては自分の話ばかりを繰り返しました。当時の私はその理由を理解できず、「自分の話ばかりするのはやめてくれ」と、苛立ち紛れに母を咎めてばかりいました。 ◆母が言葉を完全に失ってから、私はようやく思い至ったのです。母は、私たちの会話の内容が分からなくなっていたの...
◆年を重ねたせいか、はたまた多忙のせいか、この頃とみに固有名詞が出てこなくなった。その一方で、どれだけ時が経っても忘れられない記憶もある。それは、喜びや切なさ、思いといった感情と強く結びついた記憶だ。 ◆認知症というのは何でも忘れ去ってしまうとか、記憶を消し去ってしまうように思われがちだが、認知症になっても...
◆今日の詩「紙おむつ」を書いた頃、宮本輝や向田邦子、そして伊集院静の初期の小説を、私は好んで読んだ。 ◆目まぐるしく事件が起こる物語とは一線を画し、彼らの作品には、ありふれた日常の中に潜む、思いがけない時間の厚みと、まるで幸せに縁取られたかのような静かな悲しみがあった。そして何より、彼らが紡ぐ言葉の一つ一つ...
◆もうすぐ春が来て、桜が咲く。しっかりと自分自身を見つめることができた冬であったであろうか。◆今日は詩「落葉樹」を。with Leica Q2落葉樹 藤川幸之助 落葉樹が冬に葉を落とすのは自分自身が生きていくためだそうだ力つきて丸裸になるのではない 自分自身というものを青い空にすかしてみる一つ一つの枝の...
私の中の母 藤川幸之助母よ認知症になってあなたは歩かなくなったしかし、私の歩く姿にあなたはしっかりと生きている 母よあなたはもう喋らなくなったしかし、私の声の中にあなたはしっかりと生きている 母よあなたはもう考えなくなったしかし、私の精神の中にあなたはしっかりと生き続けている 私のこの身体も私...
◆商売をやっていた父母は、年末年始は歳末の売り出しやら初売りの準備やらでとても忙しく、幼い頃一緒にゆっくり過ごした覚えなどない。私は出入りするお客をよそに、一人でテレビを見たり本を読んだりした。◆ほったらかした息子に申し訳ないと思ってか、初売りが一段落した頃に母が一緒に双六(すごろく)をしてくれた。「双六の...
◆詩「生きる」ではなく、詩「ただ生きる」だ。「未発表の詩だから掲載したら」と何気なく渡された詩だったが、私の原稿をしっかりと読み込んで、私の詩集『満月の夜、母を施設に置いて』(中央法規出版・2008年)の「あとがき」のために書き下ろされた詩だった。◆認知症の母が亡くなって作った詩集『徘徊と笑うなかれ』(中央...
◆今日の写真は詩人の谷川俊太郎さんとの写真だ。黒のポロシャツを着て、顔をぐちゃぐちゃにして喜んでいるのが私。詩集『満月の夜、母に施設に置いて』(中央法規・2008年)を共著で作った。その詩集完成の打ち上げの食事会でのひとこまだ。この時、「お母さんが亡くなられた後、藤川さんがどんな詩を書くのか楽しみだな」と谷...
◆カーナビがあるので迷わなくなったが、スマートに目的地へ着ける分、その土地のことを深く知ることもなくなった。◆私はとても方向や方角の感覚が鈍く、一度迷うと同じ道をグルグル回ったり、反対方向に曲がって目的地から遠く離れていったりだ。しかし、そのおかげで思いがけなく美しい海にたどり着いたり、その土地の人の優しさ...
◆京都で哲学者の鷲田清一さんと心理学者の小沢牧子さんと私とで、公開の鼎談をしたことがあった。その時の、鷲田さんの言葉。「年を取るということは、一人でできることがどんどん減り、自分ではどうにもならないものが増えてくるという感覚。老いの感覚は深く人間に問いかける。老いは問題ではなく、課題なのだ」と。◆母の病気を...