詩「母の日記」◆【3月3日(火)宮崎市講演:申込締切2月20日(金)】
認知症が進む中でも、母は日記を書き続けていました 。
震える手で、毎日同じ言葉を、時には前の日の日記をそのまま写しながら……。
その日記のページをめくると、私の名前の横には、必ず決まった一言が添えられていました 。
来たる3月3日、宮崎市民プラザにて、認知症の母との24年間の歩みについてお話しさせていただきます 。
お申し込みの締め切りが「2月20日(金)」と迫っております。
会場でお会いできるのを心待ちにしております 。
詳細は→https://k-fujikawa.net/works/20260303kouenn/
今日は、詩「母の日記」をお届けします。
◆詩「母の日記」
藤川幸之助
認知症が進む中でも、
母は日記を書き続けていた。
日記は、毎日同じ文面で始まり、
幾行かの出来事が書いてあって、
毎日同じ文面で終わっていた。
時には前の日の日記を
そのまま写しているときもあった。
「知っているんだけど」と前置きしながら、
簡単な字を何度も何度も聞く母。
優しく教える父。
私が日記をのぞくと
母は怒ったように
書くのをやめてしまっていた。
日がたつにつれて、
字のふるえがひどくなり、
誤字や脱字が目立ち、
意味不明の文が増えていく。
もう日記なんて書かなくなった母。
私はそんな母の日記をくりながら、
自分の名前の書いてある箇所だけを探す。
どんなにか母に心配をかけてたことにも、
ひどく母と言い争ったことにも、
私の部分には、
「あの子はやさしい子だから」と
書き添えてある。
いつか私が母の日記を読む日が
来るのを知っていたかのように
「あの子はやさしい子だから」と
必ず書き添えてある。
幼少の頃、私のこんがらがった話を、分かるまで笑顔で聞いてくれた母を思い出します。
私は、母にもらった愛を少しずつ母に返しているんだと、ベッドに横たわる認知症の母の頭を持ち上げて、母の髪を解くときいつも思っていました。
©FUJIKAWA Konosuke
詩集【支える側が支えられ 生かされていく】より
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◆令和7年度 認知症支援講座
「支える側が支えられるとき ~認知症の母が教えてくれたこと~」
●日時:令和8年3月3日(火) 13:30〜15:30(12:30受付開始)
●会場:宮崎市民プラザ オルブライトホール
●定員:300名(参加費無料)
⚠️【お申し込み締切:令和8年2月20日(金)まで】⚠️
※お申し込みは、添付ポスターのQRコード、またはFAX(0985-63-5311)にて承っております。
詳細は→https://k-fujikawa.net/works/20260303kouenn/
●お問い合わせ:宮崎市認知症地域支援推進員(担当:鷹取様)
TEL 0985-55-0715
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みなさま、宜しければ「シェア」をお願いします。
多くの方々に詩を読んでいただければと思っています。
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