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詩「俯瞰」 作・朗読:藤川幸之助

俯瞰

藤川幸之助

母がなくなって
行かなくなった場所がある
母がなくなって
通らなくなった道がある
母がいなくなって
会わなくなった人たちがいる
母がなくなって
歌わなくなった歌もある

そして、母がいなくなって
毎日上るようになった坂もあって
上って見下ろすと
私の住むところも
母の入院していた病院も
すっかり俯瞰できるのだ

母が認知症になって
あんなに小さな箱と箱の間を
何度行ったり来たりしたことか
あんなに小さな箱の中の
小粒ほどの私の中の心の中に
いろんな思いを抱えて
いく筋もの感情が吹き出して
悩み、苛立ち、落ち込み、
泣いて、時にはホッとして

「俯瞰」という言葉を
教えてくれたのも母だった
鳥のように高いところから見ると
見えないものもしっかりと見えるのよと
今日も丘に上り見下ろす
この私よりもっと高くに上って
母さん、何が見えますか?
どんなことが分かりますか?

詩集『支える側が支えられ生かされていく』
(致知出版)2020年
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