◆定期的に写真を撮る場所がある。海沿いの細い道を通ってそこにたどり着く。その途中に小さな墓地があって、その中の一つの墓にこう彫ってある。「確実に幸福な人となるただ一つの道は人を愛することだ。」と。私の記憶では、これはトルストイの言葉であったと思うが、亡くなった方の好きだった言葉か、遺言か。◆ここを通ると、私は「幸せ」について考えはじめ、にわかにこの言葉のように私はできないと思うが、幸せになれるのであればやってみようかといつも思うのだ。そう思っている内に撮影場所に着いて、撮影を始めると、いつもこの言葉のことはすっかり忘れてしまう。そして、また数週間後ここへ来て、この言葉を見つめて幸せのことを考える。その繰り返し、私はなかなか幸せにたどり着けないのだ。
◆写真・詩・エッセ*藤川幸之助
手をつないで見上げた空は
藤川幸之助
幼い頃
手をつないで見上げると母がいた
青空は母よりもっと遠くにあって
大きな白い雲が一つ流れていた
幸せのことなんて考えたことなかった
私がつまずき失敗をすると
私の手を両手で優しく包んで
母はいつも青空の話をした
雲が流れ雲に覆われ
青空は見えなくなり
時には雨が降るから
青空を待ちこがれて
青空の美しさに
心打たれるんだと
何度失敗して何度つまずいたことか
そして何度この話を聞いたことか
認知症の母との日々の中で
苛立ちという雲が出て
悲しみという雨が降った
私は何度も失敗してつまずいても
母は何も言ってくれなくなったが
手をつないで散歩をすると
いつも母は静かに空を見上げていた
青空がただ頭上に広がっている
幸せもまたただあるもの
求めるのではなく
気づくものなんだ
と
空を見上げるといつもいつも思う
詩集『手をつないで見上げた空は』(ポプラ社)をリライト