彼岸花の話◆詩「返す」

◆秋に咲く花には、ダリア、コスモス、菊、リンドウなど数多があるが、私は中でも彼岸花を写真に撮ることが多い。◆「彼岸」とは向こう岸に広がる生死を超越した悟りの世界のことだが、これに対して迷いと悩みの多いこちら側の現実世界のことを「此岸(しがん)」という。彼岸花とは、この現実世界に咲いたあの世の美しい花ということなのだろう。◆彼岸花をシビトバナと忌み嫌う人もいるが、私はこの花を見ると亡くなった人ばかりではなく、これまで出会いお世話になった人達のことを思い出す。◆あなたが私の中に咲いている。あなたが私となって咲いていると、どこか人のすっくと立つ姿に似た彼岸花を一本一本見つめながら、これまでこの此岸でこの私とつながりのあった人達のことを、この人達のお陰でやっとここまでたどり着けたと思い出すのだ。◆今日は、詩「返す」を。
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返す
  藤川幸之助
自分が死ぬわけでもないのに
何でこんなにつらいのだろうか
苦しそうな母を見ると
もう死なせてあげたいと思う
いやずっと生きていてほしいと願う
母の生を見守っていたいと思いながらも
母の死に目を背けたい気持ちになる
認知症になって二十四年
母さん本当のところを言うとおれも
もうすっかりくたびれ果てているんだ

どちらが母は楽でしょうかと聞くと
「どちらを選んでも同じです
 死ぬときは誰でも苦しむんです」
と、医師は答えた
「生まれてくるとき苦しんで
 泣き叫んで生まれてくるのと同じです」
と、医師は付け加えた
あの世との行き来は大変だ

難産だったらしく
私は驚くほど大きな泣き声で
生まれてきたと母から聞いたことがある
男である私には分かるはずもないが
母の産みの苦しみは計り知れない

この大きな大きな
宇宙の子宮の中から
さあ今度は私が母さんを
あの世へお返ししますよ
こちらも難産らしく
母は驚くほど大きな泣き声をあげる
男である私にも分かる
母を返す苦しみも計り知れない

©FUJIKAWA Konosuke
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