ノーベル賞の前に◆詩「おむつ」

◆勝馬に乗るのは気が引けるので今のうちに書いておこうと思う。村上春樹のことだ。長い間彼の小説は苦手だった。何かねっとりと心や精神にまでもからんできていやだった。◆しかし、なぜか村上春樹から離れられず、彼の翻訳本のレイモンド・チャンドラーばかり読んだ。チャンドラーの軽快で洒落た言葉が村上のおかげで心の中で踊った。認知症の母を抱えてよどみ混沌とした私の心に光をさしてくれた時期だった。◆小説と翻訳を、村上は「チョコレートと塩せんべい」と言ったが、味のないチョコレートがねっとりと溶けたような混沌の日々の中では、村上と同様に私もパリッとせんべいでも食べたかったのだろうと思う。◆村上の『神の子どもたちはみな踊る』を再読した。村上春樹の言葉がねっとりと心や精神にまでからみつく。塩せんべいを食べながら受賞を祈る。今日はその混沌とした日々に書いた詩「おむつ」を。©Konosuke Fujikawa
言葉12◆◆おむつ
      藤川幸之助
認知症の母が車の中でウンコをした
臭いが車に充満した
おむつからしみ出て
車のシートにウンコが染み込んだ
急いでトイレを探し男子トイレで
尻の始末(しまつ)をした

母を立たせたまま
おむつを替える
狭い便所の中で
母のスカートをおろす
まだ母は恥ずかしがる
「おとなしくしとかんとだめよ」
母のお尻をポンポンとたたいてみた
子供の頃のお返しのようで
少し嬉しくなった

母のお尻についたウンコを
ティッシュで何度も何度も拭いてやる
かぶれないように拭いてやる
母が私のウンコを拭いてくれたように
私は母で
母は私で

母の死を私のものとして見つめる
私の死を母のものとして見つめてみる
母と一緒に死を見つめてみる
狭い棺桶のような直方体の
白い便所の中で

鍵を開け母の手を引いて
便所から出る
そして
左手で母をつかまえたまま
私も便器に向かい
右の手で小便を済ませた
©Konosuke Fujikawa【詩*藤川幸之助】

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