絵本『おじいちゃんの手帳』◆詩「手帳」

2020/05/16
◆藤川幸之助・作「絵本 こどもに伝える認知症」シリーズ全5巻(クリエイツかもがわ)を、本年3月より順次刊行しております。その第2弾『おじいちゃんの手帳』が5月16日(土)に発売になりました。大好きなおじいちゃんの秘密の手帳にはいろんな大切なことが書き込まれています。この黒い小さな手帳を通して、認知症について感じ、学ぶ絵本です。ご高覧いただければ幸甚です。◆この絵本は詩「手帳」からできあがった絵本です。

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手帳
藤川幸之助
母が決して誰にも見せなかった手帳。
鉛筆付きの黒い小さな小さな手帳。
いつもバックの底深く沈め
寝るときは枕元に置き、見張るように母は寝た。
手帳には、びっしりと
忘れてはならぬ人の名前が書いてあった。
父の名前、兄の名前、私の名前…。
そして、手帳の最後には、
自分自身の名前が、ふりがなを付けて、
どの名前よりも大きく書いてある。
その名前の上には、何度も鉛筆でなぞった跡。
母は何度も何度も、自分の名前を覚え直しながら、
これが本当に自分の名前なんだろうかと、
薄れゆく自分の記憶に
ほとほといやになっていたに違いない。
母の名前の下には、
鉛筆を拳で握って押しつけなければ
付かないような黒点が、
二・三枚下の紙も凹ませるくらい
くっきりと残っている。

父・母・兄・私の四人で話をしていたとき
母は自分の話ばかりをした。
母は同じことばっかり繰り返し言った。
病気とも知らず
父も兄も私も母を邪魔者にした。
母はいつの間にかそこにいなくなっていた。
母を探すと
三面鏡の前に母は座っていた。
記憶の中から消え去ろうとしている
自分の連れ合いの名前や
息子の名前を必死に覚え直し、
自分の呼び名である「お母さん」を
何度も何度も何度も唱えていた。
振り返った母の手には、手帳が乗っていた。
私に気がつくと、母は
慌ててカバンの中にその手帳を押し込んだ。
その悲しい手帳が、今私の手の上に乗っている。
『支える側が支えられ 生かされていく』より

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多くの方々に詩を読んでいただければと思っています。
©Konosuke Fujikawa【詩・朗読*藤川幸之助】
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