「母の日記」
藤川幸之助
認知症が進む中でも、
母は日記を書き続けていた。
日記は、毎日同じ文面で始まり、
幾行かの出来事が書いてあって、
毎日同じ文面で終わっていた。
時には前の日の日記を
そのまま写しているときもあった。
「知っているんだけど」と前置きしながら、
簡単な字を何度も何度も聞く母。
優しく教える父。
私が日記をのぞくと
母は怒ったように
書くのをやめてしまっていた。
日がたつにつれて、
字のふるえがひどくなり、
誤字や脱字が目立ち、
意味不明の文が増えていく。
もう日記なんて書かなくなった母。
私はそんな母の日記をくりながら、
自分の名前の書いてある箇所だけを探す。
どんなにか母に心配をかけてたことにも、
ひどく母と言い争ったときにも、
私の部分には、
「あの子はやさしい子だから」と
書き添えてある。
いつか私が母の日記を読む日が
来るのを知っていたかのように
「あの子はやさしい子だから大丈夫」と
必ず書き添えてある。
『ライスカレーと母と海』(ポプラ社)を加筆訂正
©Konosuke Fujikawa【詩・写真*藤川幸之助】
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◆十数冊の日記が私の手元に残っている。認知症と診断されるずっと前から母が書き綴ったものだ。「あの子はやさしい子だから大丈夫」という言葉は過去に母が書いた言葉だが、思い出すたび遠く未来の彼方から私を導くように心に響く。「しっかり自分の人生を歩め」と。
©Konosuke Fujikawa【詩・写真*藤川幸之助】
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