夏の風
藤川幸之助
体温調節がうまくできない母は
気温が上がると高熱を出す
パタパタパタと母をうちわで扇ぐ
「また夏が来たよ
母さん分かるか?」
いやいや季節は
感じるものだと思い直して
またパタパタパタと
母が寝つくまで
パタパタパタとやっていると
こっちが汗だくになり
その姿はさながら職人が
鰻を焼く時のようになる
母は舌を出して眠っている
先に扇いでくれたのは母だった
蚊帳の中でうちわでゆったりと
むずかる幼い私が眠るまで
母はやさしい風を送ってくれた
その時の風です
お母さんお返しします
母が認知症になって二十二年
私にとっては入道雲より
風鈴を揺らす夏の風より
母が眠るまで母を冷やすこの風が
いつの間にか夏の風物になった
写真・詩・藤川幸之助