◆「歩(あゆ)む」は、一歩一歩の足取りに焦点を当てた言葉だそうだ。つまり、目標を定めて確実に進行するのを「歩む」という。それに対し、「歩(ある)く」とはとりとめもなくあちこち移動すること。◆目的もなく散漫に歩きまわっているように見えた母の徘徊は、端から見たら「歩く」だろう。しかし、頭の中に広がる母の物語を、母は一歩一歩大切に「歩んで」いるようにも私には見えた。◆幼少の頃遊んだ草原を花を摘みながら母は歩き、夢を語り合いながら若かりし頃の父と並んで海辺を歩き、生まれたばかりの息子を背負い、息子の将来に思いをはせながら母は歩いているように私には見えたのだ。◆今日の詩の本当の題名は「あなたは歩き続ける」。詩集『まなざしかいご』(中央法規)の最後にあとがきとして書いた詩だが、今日からこの詩の題を「あなたは歩み続ける」にしようかと思う。
あなたは歩み続ける
藤川幸之助
「お迎えがきたので帰ります」
夕刻になると
あなたは歩き出す
この世界の決まり事なんか
あなたには何にも関係なくて
あなたの行き着く場所なんか
この世界のどこにもなくて
あなたは歩く
飛ぶことを飛んでいる鳥のように
泳ぐことを泳いでいる魚のように
あなたは歩くことを歩く
あなたの歩く姿が
ふと美しく見えるときがある
あなたは歩き続ける
どこへ?
人生で一番楽しかったあの時間へ
あなたが生まれたあの家へ
愛する人と結ばれたあの場所へ
幼い頃泳いだあの海へ
笑い声が飛び交ったあのちゃぶ台へ
肩を組みあったあの職場へ
私があなたと歩きましょう
あなたが向かっている故郷の話をしながら
私があなたと歩きましょう
あなたの歌ったあの歌を一緒に歌いながら
不安なときは
私の手を握ってください
悲しいときは
愛する人の名前で私を呼んでください
疲れたときは
私と一緒に帰りましょう
あなたが帰るべき場所へ
そして、また明日
あなたの思い出の中を
一緒に歩きましょう
詩集『まなざしかいご』(中央法規)より