【朗読】詩「約束」◆「カレーですかね」と正代関

◆2020年10月01日
◆今日は相撲の話から。この9月場所で優勝して、正代関は昨日大関に昇進した。同郷ということもあってこれまで応援してきた。熊本出身力士初の優勝とは喜びも一入だ。◆「肥後もっこす」という熊本県人の頑固な気質を表す言葉がある。この自己顕示が強く、短気で強情っ張り、自分の意見を押し通す「もっこすぶり」は、正代関の語り口には全く感じられないが、少々気が小さそうなところを見せながら、一旦取り組みとなると腰が高い高いと再三言われながらも胸から強く当たり、相手の攻めを凌ぐあの柔らかな取り口には、自分を最後まで淡々と押し通す「肥後もっこすぶり」を感じずにはいられない。◆優勝したてのその正代関へ「息子が食べたいものを作ってあげます」とのお母さんの言葉に応じて、「カレーですかね」と正代関が子どもの顔にもどって言っていた。カレーライスは幼い頃の母の記憶と重なった「ごほうびの料理」なのかもしれない。ちなみに正代関はこのカレーを何杯ぐらい食べるのだろうか。◆今日はこのカレーのことを書いた詩を。【朗読動画・創作秘話】

約束      
      藤川幸之助
今度帰るときには
ライスカレーを作っておくからと
嬉しそうに母は約束した。

久しぶりに実家に帰ってみると
約束通りライスカレーが
テーブルの上においてあった。
食べると母の味つけではない。
レトルトのカレーとハンバーグを
皿に盛りつけただけのものだと
すぐに分かった。
「お母さんのカレーはうまか」
大げさに父は言っている。
「これ母さんレトルトだろ?」
私は不機嫌に言った。
「二つとも時間をかけて作ったんよ」
母は言い張った。
「ちがうよこれは母さんのカレーじゃないよ」
「お母さんのカレーはうまか」
母の方を向いて大声でまた父が言ったので
私も意地になって言い返えそうとした時
「お母さんのカレーはうまか」
父が私をにらみつけて言った。

母が風呂に入って
父と二人っきりになった。
作り方を忘れてしまって
料理を作らなくなった母のことを聞いた。
私とのライスカレーの約束の話を
母は父に何度も何度も話し
しまいには台所で泣き出したのだそうだ。
だから、父がレトルトのカレーを
用意したというわけだった。
「幸之助、おまえは幸せだなあ
 こんなになってもおまえの好物を
 お母さんは忘れんぞ」
父がうらやましそうに言った。
「支える側が支えられ 生かされていく」(致知出版)より
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◉詩

詩「本当のところ」◆講演情報

◆新型コロナウイルスで、2月末から延期や中止が続いていた講演会が7月5日(日)に4ヶ月ぶりに始まります。この講演は看取りについてもお話をしたいと思っています。今日の詩は、この講演会で朗読する詩です。
◆講演日 7月5日 (日) AM10:00〜PM12:00
・会場 福岡県大川市榎津844 覚了寺
・演題「命に寄り添うということ」
・問い合わせ 覚了寺 電話:0944-86-3655 
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本当のところ
         藤川幸之助
胃瘻から栄養を入れることができないので
高カロリー輸液を
母に中心静脈から入れるかどうか
医師に尋ねられた
「母はもうくたびれています
 もうゆっくりさせたいので
 入れないでください」
と、私は言って帰った
これが私の本当のところ

するとそう延命というわけでもないし
入れていいんじゃないかと
妻が言い
兄も
医者をしている兄の娘も
入れるのに一票投じた
本当は私の一存で
母を殺していいのかと思っていたので
安心したというのも本当のところ

静脈から高カロリーを入れて
元気になっても
この肺の状態では一、二ヶ月後肺炎になって
またこんな状態になるのは目に見えている
母を生かし続けるのに
罪のようなものを感じた
実はこれも本当のところなんだ

いつもは不携帯の私が
便所に入るときも
風呂に入るときも携帯して
夜中何度も何度も枕元の携帯電話を確かめる
母の死にびくびくするこんな日々が
また続くのかとも思った
「私はもうくたびれています
 もうゆっくりしたいので
 入れないでください」
と、私は言いたかったのかもしれない
これもまた本当のところ
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【詩「夕日を見ると」】

◆「分かること」と「受け入れること」とは違う。母が認知症だということは重々「分かって」いるのだが、私のような感情をなかなかコントロールできない者には、毎日毎日同じことのくり返しだった。◆「分かって」はいるけれど、認知症の母を簡単には「受け入れる」ことができなかった。「受け入れること」とは自分のこととして「分かること」なのだ。母が認知症になった年齢に自らが近づきやっと分かってきたことだ。◆今日は長崎の海の夕日と、詩「夕日を見ると」の朗読動画をどうぞ。
【朗読動画】夕日を見ると

夕日を見ると
     藤川幸之助   
今日もここから
あの夕日が見えました
あの夕日を見ると
いつも思うんです
今日も母にやさしくできなかったと
もっと母にやさしくすればよかったと

ウロウロするな!
ここに座っていろ!
同じことばっかり言うな!
もう黙ってろ!
母さんが病気だって
分かっちゃいるけど
「おれの母さんだろう!
 しっかりしろ!」
と、つり上がった目で
何度も何度も母に言って
母は驚いて
私を悲しそうに見つめて
私は言った後自分をずっと責め続けて

この夕日を見ながら
明日こそ母へやさしくしようと
毎日毎日そう思うけれど
毎日毎日このくり返し
母さんごめんなさい
母さんに苛立つぼくを許してください
母さんごめんなさい
こんなぼくを許してください
「支える側が支えられ 生かされていく」(致知出版)より

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詩「私の中の母」

◆「海よ、僕らの使ふ文字では、お前の中に母がいる。そして母よ、仏蘭西人の言葉では、あなたの中に海がある。」三好達治の第一詩集『測量船』の中の詩「郷愁」の一節だ。◆「海」という漢字の中には、確かに「母」という文字が入っている。また、フランス語で「母」はmère(メール)、「海」はmer(メール)と表記する。同じ発音だというのも面白いが、mère(母)の中には、確かにmer(海)は存在する。◆今日は私の住む長崎の海とともに詩「私の中の母」の朗読をどうぞ。
【朗読動画】

私の中の母
       藤川幸之助
母よ
認知症になって
あなたは歩かなくなった
しかし、私の歩く姿に
あなたはしっかりと生きている
母よ
あなたはもう喋らなくなった
しかし、私の声の中に
あなたはしっかりと生きている
母よ
あなたはもう考えなくなった
しかし、私の精神の中に
あなたはしっかりと生き続けている

私のこの身体も
私のこの声も
私のこの心も
私のこの喜びも
私のこの悲しみも
私のこの精神も
私のこの今も
私のあの過去も
私のあの未来も
この私の全ては
母よ
あなたを通って出てきたものだ

母よ

私は私の中に
あなたが生きていることが
とてもうれしいのだ
 「支える側が支えられ生かされていく」(致知出版)より

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【詩「徘徊と笑うなかれ」】

◆一本の線を引くと「こちら側」と「あちら側」ができる。私にも線引きがあった。認知症の母を見ながら、私のこちら側は正常な世界で、認知症の母のあちら側は異常な世界だと、言葉には出さないけれど思っていた。◆線引きがあるうちは、そこには同情しか生まれない。本当の理解は存在しない。国境がそうだ。差別がそうだ。◆ある日、キューピー人形にお乳をやろうとしている母の姿が目にとまった。赤ん坊の兄か姉か私を大切に抱きしめていた。母は若い頃の自分に戻って、この今という時を生きているのだと思った。◆頭の中に広がっている世界の沿って今を生きているという意味では、私と母とは何ら変わらない。ただ母の中の思い出の順番が違っているだけだと思った。この今がどこかへ行って、昔の思い出が頭の中にあって…。私の中で一本の線が消えた。◆今日も朗読動画を作りました。ご覧いただければ幸甚です。

徘徊と笑うなかれ
         藤川幸之助
徘徊と笑うなかれ
母さん、あなたの中で
あなたの世界が広がっている
あの思い出がこの今になって
あの日のあの夕日の道が
今日この足下の道になって
あなたはその思い出の中を
延々と歩いている
手をつないでいる私は
父さんですか
幼い頃の私ですか
それとも私の知らない恋人ですか

妄想と言うなかれ
母さん、あなたの中で
あなたの時間が流れている
過去と今とが混ざり合って
あの日のあの若いあなたが
今日ここに凜々しく立って
あなたはその思い出の中で
愛おしそうに人形を抱いている
抱いているのは
兄ですか
私ですか
それとも幼くして死んだ姉ですか

徘徊と笑うなかれ
妄想と言うなかれ
あなたの心がこの今を感じている
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