詩「星」

「星」    藤川幸之助
星は
高い高い山のてっぺんの明かり。
そこにあなたは一人で住んでいて
来る日も来る日も
夕べになると私によびかける。
「今日はどんな日だったかい」
と 輝きながら呼びかける。
今日はいい日だったなあ
仕事も順調に進んでさ と言うと
「それはよかった
    いい一日だったね」
と 星のあなたは言う。
今日は怒っちゃったなあ
大声あげてさ と言うと
「それはよかった
    いい一日だったね」
と 星のあなたは言う。
今日は泣いちゃった
と 言っても
今日は笑ったよ
と 言っても
今日は失敗して
人に迷惑かけた
と 落ち込んでいても
「それはよかった
    いい一日だったね」
と 星のあなたは言うだけ。
「それはよかった
    いい一日だったね」
と。
※「ライスカレーと母と海」(ポプラ社)より
1-星からおりてきた人の話
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詩「手」


        藤川幸之助
にぎりつつみすくい
かぞえなぐってさししめし
さすりなでてはおしつぶし
まねきさえぎりほうりなげ
この手はいろいろやってきた
ふと気がつけば
この手はいつも空っぽで
大事なものは
この手につかめぬものばかり
だけど私はつかみつづける
つかめぬものを感じるため
手放すことが
つかむことより先にあることを
この手にしっかり分からせるため
【詩・写真*藤川幸之助】
1-R0051775
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詩と死*詩「言葉」

◆石垣りんさんの「表札」のような詩をいつか書きたいと思った。何度も何度も石垣りんさんの詩を書き写した。その年生まれた娘に「凜(りん)」と名付けた。そんな、石垣りんさんが亡くなってもう10年が経つ。◆二十代後半、まど・みちおさんから、励ましのハガキをもらった。今でも大切にとってある。名もない、生意気な実もない私のような者にも優しい人だった。『てんぷらぴりぴり』や『まめつぶうた』に言葉による新しい世界を見た気がした。詩を書き続けていこうと思った。そんなまどさんは昨年亡くなった。◆この5月、詩人の長田弘さんが亡くなった。二十代の頃、長田さんの『深呼吸の必要』を何度も何度も読んだ。吉野弘さん、川崎洋さん、茨木のり子さん、北村太郎さん、田村隆一さん、私が若い頃から憧れていた詩人達が亡くなっていく。◆才気煥発な詩人とはいかないことぐらい、自分で重々承知しているので、この詩人達の詩集を本がすりきれるまで読むことで、自分の中に詩が生まれて来るのを待った。いつもいつも詩集を持ち歩いた。この詩人達が私のお手本であり、自分の詩を生み出すために破らなければならない壁だった。◆今日は詩「言葉」を。【詩・写真・エッセイ*藤川幸之助】

1-DSC00868

言葉
  藤川幸之助
私の詩があなたに触れたとき
私の言葉は亡骸のようだ
私の詩があなたに触れたとき
私の言葉は私のもののままで
私の詩はもうあなたのものだ

あなたの詩が私に触れたとき
あなたの言葉は亡骸のようだ
あなたの詩が私に触れたとき
あなたの言葉はあなたのもののままで
あなたの詩はもう私のものだ

あなたの死が私に触れたとき
あなたの亡骸は言葉のようだ
あなたの死が私に触れたとき
あなたの亡骸はあなたのもののままで
あなたの死はもう私のものだ

私の死があなたに触れたとき
私の亡骸は言葉のようだ
私の死があなたに触れたとき
私の亡骸は私のもののままで
私の死はもうあなたのものだ
2015/06/12書き下ろし

かなしみの中に「愛」がある*詩「幸せの小さな粒が」

◆今日の詩の更新日時を調べると、「2003年10月18日」となっている。十数年前に書いた詩だ。父が亡くなり、母の認知症の病状が進む中、妻の癌が悪化し、教師を辞めたばかりの私の精神は混乱の極みだったように思う。◆「苦悩は、それ自体、すでに一つの業績である。そして、正しく悩み抜かれた苦悩は、悩める人に、成長をもたらしてくれる」*このヴィクトール・フランクルの言葉を、自分自身をなだめるように何度も何度も繰り返して読んでいたように思う。◆そんな時、「愛しみ」と書いて、「かなしみ」と読むことを知った。意味は「いとおしむこと」なのだろうが、悲しみや不安に打ちひしがれていた私にとっては一筋の光のように思えた。◆「かなしみ」の中にも「愛」があると。こんなに混乱しているが、愛する気持ちは揺らいでいないと。ここでじっと歯を食いしばっていれば、愛で包まれる日が来るかもしれないと思った。言葉の力に支えられた日々であった。    【詩・文・写真:藤川幸之助】 *諸富祥彦・訳
1-DSC00940-001
〈幸せの小さな粒〉が
           藤川幸之助
どうやっても
自分の思い通りにならないことがある
誤解されたまま文句を言われ
非難されることもある
どれだけがんばっても
どうにもこうにもがんじがらめで
進めない時もある
そんな時は
歯を食いしばり
しっかりと言葉を自分の中に閉じこめる
口を閉じ、ただただ歯を食いしばる
しっかりと歯をかみ合わせ
自分自身を食いしばる
すると
プツンとつぶれる音がする
そして中から
ほんの小さな幸せが
ちょこっと広がるのだ
〈幸せの小さな粒〉が
プツンとはじけて広がる
かすかな音が聞こえるのだ
そんな時こそじっと歯を食いしばれと
かすかな音が聞こえてくるのだ
           詩集『やわらかなまっすぐ』に関連文
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詩【「ポ」と「ユ」の間 】

◆今日は詩集「徘徊と笑うなかれ」(中央法規)より、【「ポ」と「ユ」の間 】という作品を。私の作品が掲載の以下の雑誌が発売になりました。是非ご一読を!

・「日本児童文学2015年5・6月号」(小峰書店)
  詩「おならのいきがい」
・「笑顔の介護vol.2」(プラス株式会社)
 「悲しみ」と「悲しさ」
・「月刊 介護保険2015.5月号」(法研)
  認知症でも消せないもの(上)
・「月刊 介護保険2015.6月号」(法研)
  認知症でも消せないもの(下)

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【「ポ」と「ユ」の間 】   藤川幸之助
  
ポックリ寺ツアーなるものが
高齢者に人気だと聞いた
ポックリ死なせてくれるように
お寺を巡礼するのだそうだ
子どもに迷惑をかけたくないと
口々に言っていた

父は家族にも囲まれず
ポックリ死んだ
迷惑はかからなかったが
深い悲しみと後悔が残った
母が認知症になってから二十三年
母は私に付き添われユックリと死んでいく
父の遺言で母の介護は始めたことだ
いやな顔で母を何度にらんだことか

「ポ」と「ユ」だけの違いなのに
こんなにも隔たりがあって
「ポ」と「ユ」の間で
このままでは俺の人生が台無しだと迷い
おれの母さんなんだろうと悲しみ
なんでこんなことも分からないのかと怒り
どうにか母さん生きていてくれと祈り
言葉のない母の心を分かろうと足掻いた

ポックリ寺ツアーなるものが
高齢者に人気だと聞いた
本音は迷惑をかけられた時の
子供たちの迷惑そうな顔で
傷つきたくないからのようだ

ある夜、ふと目を覚ますと仏壇の前で
最初は迷惑そうな顔をしていたが
息子は少しばかり人らしくなったと
「ポ」と「ユ」が嬉しそうに話していた

※ 「徘徊と笑うなかれ」(中央法規)より
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