化粧
藤川幸之助
あの日、母の顔は真っ白だった。
口紅と引いたまゆずみが
まるでピエロだった。
私の吹き出しそうな顔を見て
「こんなに病気になっても
化粧だけは忘れんでしっかりするとよ」
父が真顔で言った。
自分ではどうにも止められない
変わっていく心の姿を
母は化粧の下に隠そうとしたのか。
厚い化粧でごまかそうとしたのか。
それにしても
隠すものが山積みだったのだろう
真っ白けのピエロだった。
その日以来
父が母の化粧品を買い、
父が母に化粧をした。
薬局の人に聞いたというメモを見ながら
父が母の顔に化粧をした。
真っ白けに真っ赤な口紅
ピエロのままの母だったけれど
母の顔に化粧をする父の姿が
四十年連れ添った二人の思い出を
大切に描いているようにも見えた。
*
父が死んで
私は母の化粧はしないけれど
唇が乾かないように
リップクリームだけは母の唇にぬる。
その時きまって母は
口紅をぬるときのように
唇を内側に入れ
鏡をのぞくように
私の顔を見つめる。
──もういいんだよ母さん。
『ライスカレーと母と海』(ポプラ社)に関連文
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■父が亡くなった。夜空のどこを探しても月は見つからなかった。月のない夜空は、父を失った自分の心のようだと思った。私が、認知症の母の介護を引き継いだ。父が母にしてあげていたことを、一つ一つ思い出しながら、母の世話をした。父の母に対する思いが痛いほど分かった。いつの間にか、父が母にやっていたことをごく自然にしている自分がいた。父が私の中で生きている。真っ暗な私の心の中を、とても鮮やかに父という月が照らしていた。命をつなぎ、命を受け継いでいくというのは、こういうことではないかと思ったのだ。
©Konosuke Fujikawa【詩・写真*藤川幸之助】
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