詩「化粧」◆父の思い

化粧
     藤川幸之助
あの日、母の顔は真っ白だった。
口紅と引いたまゆずみが
まるでピエロだった。
私の吹き出しそうな顔を見て
「こんなに病気になっても
 化粧だけは忘れんでしっかりするとよ」
父が真顔で言った。

自分ではどうにも止められない
変わっていく心の姿を
母は化粧の下に隠そうとしたのか。
厚い化粧でごまかそうとしたのか。
それにしても
隠すものが山積みだったのだろう
真っ白けのピエロだった。

その日以来
父が母の化粧品を買い、
父が母に化粧をした。
薬局の人に聞いたというメモを見ながら
父が母の顔に化粧をした。
真っ白けに真っ赤な口紅
ピエロのままの母だったけれど
母の顔に化粧をする父の姿が
四十年連れ添った二人の思い出を
大切に描いているようにも見えた。

父が死んで
私は母の化粧はしないけれど
唇が乾かないように
リップクリームだけは母の唇にぬる。
その時きまって母は
口紅をぬるときのように
唇を内側に入れ
鏡をのぞくように
私の顔を見つめる。

──もういいんだよ母さん。

     『ライスカレーと母と海』(ポプラ社)に関連文

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父という月
■父が亡くなった。夜空のどこを探しても月は見つからなかった。月のない夜空は、父を失った自分の心のようだと思った。私が、認知症の母の介護を引き継いだ。父が母にしてあげていたことを、一つ一つ思い出しながら、母の世話をした。父の母に対する思いが痛いほど分かった。いつの間にか、父が母にやっていたことをごく自然にしている自分がいた。父が私の中で生きている。真っ暗な私の心の中を、とても鮮やかに父という月が照らしていた。命をつなぎ、命を受け継いでいくというのは、こういうことではないかと思ったのだ。

©Konosuke Fujikawa【詩・写真*藤川幸之助】
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詩「母の眼差し」◆天声人語に掲載

◆本日9月21日(土)の朝日新聞の天声人語に私についての記事が掲載されています。ネットや新聞紙面で読んでいただければ幸甚です。今日の詩はその天声人語でも紹介されている詩「母の眼差し」です。

母の眼差し
    藤川幸之助
母に朝会うときは
「おはようございます」と言う
昼に会うときは
「こんにちは」と言い
夜には
「こんばんは」と頭を下げ
寝るときには
「お休みなさい」を忘れない

正月には
「あけましておめでとうございます」
と正座して母に向かい
母は食事はしないけれど
母の箸を用意し
縁起の良さそうな袋に入れて
母の前に置く
母の雑煮
母にお屠蘇
何も分からないから
母に何もしないでよいとは思わない
何を言っても理解できないから
何を言っても許されるというものでもない

母が昔のままそのままの
認知症もどこにもない顔で
私を産み育てた母そのものの眼差しで
じっと私を見つめるときがある
残された者の良心を
母は試しているようにさえ
思えるときがある

『満月の夜、母を施設に置いて』中央法規出版より

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10月04
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徘徊る◆詩「徘徊と笑うなかれ」

◆「徘徊」とは、どこともなく歩きまわることをいいます。また、「徘徊る」と書いて「たもとおる」と読み、同じ場所をぐるぐるまわることを意味します。認知症を患ってからの母もどこともなく歩き、ぐるぐる同じ場所を歩き続けました。しかし、徘徊している時の母の瞳は、時々どこか別の世界を見つめているようにも私には見えたのです。今日は詩「徘徊と笑うなかれ」です。

徘徊と笑うなかれ
  藤川幸之助 
徘徊と笑うなかれ。
母さん、あなたの中で
あなたの世界が広がっている
あの思い出がこの今になって
あの日のあの夕日の道が
今日この足下の道になって
あなたはその思い出の中を
延々と歩いている
手をつないでいる私は
父さんですか
幼い頃の私ですか
それとも私の知らない恋人ですか

妄想と言うなかれ。
母さん、あなたの中で
あなたの時間が流れている
過去と今とが混ざり合って
あの日のあの若いあなたが
今日ここに凛々しく立って
あなたはその思い出の中で
愛おしそうに人形を抱いている
抱いている人形は
兄ですか
私ですか
それとも幼くして死んだ姉ですか

徘徊と笑うなかれ。
妄想と言うなかれ。
あなたの心がこの今を感じている
©Konosuke Fujikawa【詩・写真*藤川幸之助】
1-悲しみ
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詩「川は知っている」◆生き続ける

川は知っている
          藤川幸之助
川は憶えている
自分が生まれたあの朝のことを
いつかたどり着くあの海のことを

川は分かっている
どんなにじたばたしても
決して空へは昇れぬ自分のことを

川は感じている
流れることをやめることは
淀み、濁り、ひからび
自分でなくなってしまうことを

川は忘れない
自分の中を流れる自分自身が
ただ一瞬たりとも
同じ自分ではありえないことも

変わり続けることの中で
変えられない自分を抱きしめる
そして、ただただ川は流れる
流れなければならないわけを
川は決して問わない
流れ続けるそのことが
問うことのないその問いの答えだと
川は知っている
©Konosuke Fujikawa【詩・写真*藤川幸之助】

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R0050754のコピー小

◆人生においてもまた、生き続けることそれ自体が「問い」であり「答え」であるように思う。母が認知症になって、私が介護をすることになった時も「なぜ?私が」と「問い」ばかりが浮かんだが、ほぞ臍を固めて受け入れたら、見たこともない自分に出会った。そこから進む道が「答え」のように明確に見えた。自分や自分の人生がかけがえのないものに見えてきたように思うのだ。
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詩「皺(しわ)」◆人生を味わう

◆自転車に乗っていると、全身で道の起伏を感じます。走っている道を味わうことができるのです。人生は目的地に早く着くことでもなければ、ましてや転ばないようにうまく走ることでもないように思います。生きるということは、自転車に乗るように、その進んでいる道を感じながら喜びも悲しみさえもしっかりと味わうことではなかろうかと思うのです。
悲しみ
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「皺(しわ)」    藤川幸之助

母の病院へ自転車で向かう。
道路の起伏がよく分かる。
上り坂がくると
尻をサドルからあげて
ひとこぎひとこぎ
坂の頂上を見つめて上っていく。

上ったら下らなければならない。
下ったらまた上らなければならない。
この上り下りは
ただ平坦な道より
私の足腰を鍛える。
道の凸凹にあわせて前に進む。
道の凸凹を全身で感じる。
通りすぎる風を肌で味わう。
この道のことがよく分かってくる。

病院へ着くと
母は大きないびきをかいて眠っていた。
上り下りする額の皺と
私の知る母の人生の浮き沈みを重ねてみる。
このどこら辺で父と出会い
このどこら辺で私が生まれ
このどこら辺で母は認知症を患い
私が母のオムツを
替えはじめたのだろうかと。

いびきがあんまりうるさいので
咳払いをすると
母が顔をしかめて
額の皺を一段と深くした。
このどこら辺で母は…。
「お母さん、息ばせんばんよ。
きつか時には呼びない。
すぐ来るけんな。ゆっくり寝ないよ。」
これが生きた母に会うのは
最期になるかもしれない。
毎日必ず言って別れる
明日会うための呪文のような言葉。
©Konosuke Fujikawa【詩・写真*藤川幸之助】

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