【詩「母からの手紙」】

2020年05月22日
◆この新型コロナのため2月末から講演が軒並み中止になり、代わりに動画で朗読やお話をお伝えしようとがんばっているのですが、これがなかなかうまくいきません。◆朗読というのは詩にとっては命を吹き込まれるようなところがあって、大切にしなければならないのですが、人を前にではなくカメラのレンズを前にするとなかなかうまくいかないのです。◆これまで、朗読や講演の語りというものは、私が一方的に朗読し、語り、講演しているものだとばかり思っていましたが、実は聞いてくださる方々と共に作り上げているものだと実感しているところです。◆朗読や講演においても、聞いてくださる方々の眼差しに生かされ、支えられていたことをつくづく思いました。今日もうまくいっていませんが、精一杯朗読し、話しました。朗読動画、楽しみください。
#藤川幸之助朗読

母からの手紙
      藤川幸之助
母に会えない週末には
認知症の母への手紙を書いた
お元気ですかで始まり
寂しくないかと付け加え
元気でねと母へ手紙を書いた
言葉のない母はその手紙を
口にくわえてしゃぶると聞いた

手紙は読むものと思っていたが
そんな味わい方もあるのだと
いつもよだれを流しながら
私を見つめる母を見て思う
母は私を感じている

やっと時間ができて
熊本の老人ホームに母を訪ね
その手紙を母に読んであげる
これじゃ手紙の意味がないじゃないか
言葉のない老人と
ろくでもない者が向き合って
その足りない部分を
埋めあって生きている

一人の静かな夜
母からの手紙が届く
文字のない無言の
紙も字もない手紙が届く
いつものようにお元気ですかも
寂しくないかの付け加えもなく
元気でねとどこにも書いていない
母からの手紙が届く
「その自分を生き抜け」と
私の心の中に届く
私の心に響く
「支える側が支えられ 生かされていく」より
©Konosuke Fujikawa【詩・動画*藤川幸之助】
◆自選藤川幸之助詩集
【支える側が支えられ 生かされていく】
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多くの方々に詩を読んでいただければと思っています。

©Konosuke Fujikawa【詩・朗読】
*藤川幸之助】
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絵本『おじいちゃんの手帳』◆詩「手帳」

2020/05/16
◆藤川幸之助・作「絵本 こどもに伝える認知症」シリーズ全5巻(クリエイツかもがわ)を、本年3月より順次刊行しております。その第2弾『おじいちゃんの手帳』が5月16日(土)に発売になりました。大好きなおじいちゃんの秘密の手帳にはいろんな大切なことが書き込まれています。この黒い小さな手帳を通して、認知症について感じ、学ぶ絵本です。ご高覧いただければ幸甚です。◆この絵本は詩「手帳」からできあがった絵本です。

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手帳
藤川幸之助
母が決して誰にも見せなかった手帳。
鉛筆付きの黒い小さな小さな手帳。
いつもバックの底深く沈め
寝るときは枕元に置き、見張るように母は寝た。
手帳には、びっしりと
忘れてはならぬ人の名前が書いてあった。
父の名前、兄の名前、私の名前…。
そして、手帳の最後には、
自分自身の名前が、ふりがなを付けて、
どの名前よりも大きく書いてある。
その名前の上には、何度も鉛筆でなぞった跡。
母は何度も何度も、自分の名前を覚え直しながら、
これが本当に自分の名前なんだろうかと、
薄れゆく自分の記憶に
ほとほといやになっていたに違いない。
母の名前の下には、
鉛筆を拳で握って押しつけなければ
付かないような黒点が、
二・三枚下の紙も凹ませるくらい
くっきりと残っている。

父・母・兄・私の四人で話をしていたとき
母は自分の話ばかりをした。
母は同じことばっかり繰り返し言った。
病気とも知らず
父も兄も私も母を邪魔者にした。
母はいつの間にかそこにいなくなっていた。
母を探すと
三面鏡の前に母は座っていた。
記憶の中から消え去ろうとしている
自分の連れ合いの名前や
息子の名前を必死に覚え直し、
自分の呼び名である「お母さん」を
何度も何度も何度も唱えていた。
振り返った母の手には、手帳が乗っていた。
私に気がつくと、母は
慌ててカバンの中にその手帳を押し込んだ。
その悲しい手帳が、今私の手の上に乗っている。
『支える側が支えられ 生かされていく』より

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詩「母の中の父」◆「愛の記憶」

2020/05/15
◆詩集『支える側が支えられ 生かされていく』の中に、「約束」という詩があります。認知症の症状が進んでも私の好物のライスカレーのことを忘れない母を見て、「幸之助お前は幸せやなあ。」と父が言った時のことを書いた詩です。今日の「母の中の父」は、この詩「約束」と対になっている詩です。◆片や息子への愛、片や父に愛された記憶、どちらも認知症が進んでも母の中に残り続けた記憶でした。「愛の記憶」こそ、認知症でも忘れ去ることも、消し去ることのできないものではないかと、母の命に向き合った24年間を振り返って思います。今日も朗読動画を作りました。

母の中の父
       藤川幸之助
「更けゆく秋の夜……」
と始まる秋の童謡「旅愁」
この歌を
春、桜が咲いていようが
夏、汗だくになっていようが
冬、雪が降っていようが
一年中母の耳元で歌う
この歌を聴けば
認知症の母が
大声を出して叫ぶのだ
しかし、あんまり上手く歌ったら
眠ったままのときがあるので
父の声まねをして
できるだけ下手に歌う
すると、母はぱっと目を開け大声を出す

父は母の手を取り
毎日毎日この歌を歌っていた
父がなくなった今でも
この歌を聴く母の心の中では
父がぽっかりと月のように浮かび
静かに母の心を照らしているのだろう
母の中には父の愛が
結晶となって残っているにちがいない
忘れる病にもわすれることのできない
認知症にもけすことができない
そんなものがあるのだと……
しかし、歌を下手に歌うのが
こんなに大変だとは思わなかったが
私の声の中にも
しっかりと父は生きていて
優しく愛しい父が
私の中にも生きていて
「支える側が支えられ 生かされていく」より
◆自選藤川幸之助詩集
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