詩「手をつないで見上げた空は」◆1月28日(日)大牟田市講演

◆この度の「令和6年能登半島地震」により亡くなられた方々に深く哀悼の意を表するとともに、被災された皆さまに心よりお見舞い申し上げます。想像もつかないほどのおつらい日々が続いていらっしゃると拝察いたします。被災地の一日も早い復旧を心よりお祈り申し上げます。

◆本日は、詩「手をつないで見上げた空は」と1月28日(日)の福岡県大牟田市での講演のお知らせです。

手をつないで見上げた空は
藤川幸之助
幼い頃
手をつないで見上げると母がいた
青空は母よりもっと遠くにあって
大きな白い雲が一つ流れていた
幸せのことなんて考えたことなかった
私がつまずき失敗をすると
私の手を両手で優しく包んで
母はいつも青空の話をした
雲が流れ雲に覆われ
青空は見えなくなり
時には雨が降るから
青空を待ちこがれて
青空の美しさに
心打たれるんだと
何度失敗して何度つまずいたことか
そして何度この話を聞いたことか
認知症の母との日々の中で
苛立ちという雲が出て
悲しみという雨が降った
私は何度も失敗してつまずいても
母は何も言ってくれなくなったが
手をつないで散歩をすると
いつも母は静かに空を見上げていた
青空がただ頭上に広がっている
幸せもまたただあるもの
求めるのではなく
気づくものなんだ
と母と手をつないで
空を見上げるといつもいつも思う
『支える側が支えられ生かされていく』
致知出版より

◆日時:2024年1月28日(日)
PM 1:00〜PM 3:00
◆場所:福岡県大牟田市
大牟田文化会館・小ホール
◆事前申し込みが必要です。
電話0944-85-0470
◆認知症ケア・市民向け講演
◆お問い合わせ
大牟田市介護サービス事業者協議会 (大牟田市役所福祉課内)
認知症ライフサポート研究会
電話:0944-85-0470
©FUJIKAWA Konosuke
【詩・文】藤川幸之助

20231026 満月 チラシ 表_page-0001

「悲しさ」と「悲しみ」の違い*詩「悲しみ」

悲しみ
         藤川幸之助
公衆便所で母のオムツを替えた
「カッカッカッ」と
母が笑うように何か言ったので
「母さんのウンコだぞ」と
母を叱りつけたが
「カッカッカッ」と
まだ笑い続けるので
オムツを床にたたきつけた

オムツを替え終わり
ウンコの飛び散った床を拭いた
その間に母がいなくなってしまった
「もういいかげんにしてくれ!」
母を捜しながら
このまま母がいなくなれば
私は楽になるかもしれないと

半日探した
母は亡くなった父と二人でよく行った
公園の芝生の上に座って
遠くに流れる夏の雲を見つめていた
さっきまで死んでもいいと思っていた
この私がよかったよかったと
母の手を取り涙を流した
母はまた「カッカッカッ」と笑った

だから私には分かるのだ
他人には無意味な母の叫びでも
それが悲しみだと
あの笑っているような母の声は
ぼけた自分をまのあたりにした悲しみだと
私にはしっかりと分かるのだ

◆「重さ」と「重み」は少しばかり違う。「赤ちゃんの重さ」とくれば何千グラムとなり、数値で表すことになる。つまり、「~さ」は相対的で客観的な表現で、それに比べ、「赤ちゃんの重み」となると赤ちゃんを抱いている者の感覚が「重み」の中に入り込んでくる。つまり、接尾語の「~み」が付くと、感覚的で主観的な表現に変わる。◆先日、友人の写真を見て、「この色味が良いんだよね」とメールを打った後、色にも味があるんだと独り思ったが、この「色味」の「味」は当て字で、本来は「色み」と書き、「重み」の接尾語の「~み」と同じもの。つまり、感覚的で主観的な色合いということになる。味というのは、とても感覚的で、主観的なものであるので、このように言葉が変わるのは面白い。◆今日の詩の題もはじめは「悲しさ」だった。そんなある時、ある人からこんな話を聞いた。認知症の母親がお漏らしすることが多くなり、初めてオムツをはめてあげた時、ボケて何も分からないと思っていた母親が突然「こんなになってしまって、お前に迷惑をかけるなあ」と泣き出したのだそうだ。私の母も言葉にできなかっただけで、同じような気持ちだったのではないかと後悔のように思った。◆それでこの詩の題名を「悲しみ」にかえた。私には到底分からない母の悲しさ。母にしか分からない深い悲しさ。だから、私はこの詩の題名を「悲しみ」にした。
悲しみ

「たたずむ」ということ◆詩「空っぽ」

◆「たたずむ」ということは、何かをすることなんだろうか。それとも、何もしないことなんだろうか。言葉のない、私のことも分からない認知症の母の側に座っていつも考えていた。母の側に「たたずむ」ことは意味があることなんだろうか。それとも、無意味なことなのか。そんなことを考えることもあった。母のために何かをすることだけが介護だと思っていたからだ。◆ある日、秋の青空の下にたたずむと、何も言わない空にやさしく包まれている気がした。それから、静かに母の側に座れるようになった。意味や無意味も越えて、何もせず何も考えずに母を見つめ、母に耳を澄まして、母の側にじっとたたずめるようになった。ただ側にたたずむ私が母をやさしく包んでいるのではないかと思えるようになったのだ。今日は詩「空っぽ」を。

空っぽ
       藤川幸之助
青空を見るとうれしくなる
それは、青空が空っぽだから
空っぽの青空は
何にも言わないで
ぼくをやさしく抱きしめてくれる

「幸せ 幸せ」と
言葉で願っているぼくは
幸せではなかった
「希望だ 希望だ」と
言葉で叫んでいるぼくには
希望などもてなかった
「愛だ 愛だ」と
言葉で伝えているぼくから
人は愛など感じてはいなかった
幸せも希望も愛も
それはただの言葉だった

ぼくらは青空という
大きな空っぽに包まれて
生まれ
受け取り
与え
全てを手放して
空っぽになっていく

言葉ではない
意味でもない
ただ聞くだけの
ただ見つめるだけの
ただそこにいるだけの
ぼくがいる
空のような
ぼくがいる

ぼくの空っぽが
やさしく人を抱きしめる

「この手の空っぽは
 君のために空けてある」(PHP出版)より

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今夜は十六夜(いざよい)◆詩「こんな所」

◆経験というトンネルをくぐることで、同じ月でも違って見えるものだ。この詩を書いた頃は、まだ母は少しばかり話し、歩くこともできたので、他のお年寄りと比べて、まだ母の方がましだと思っていた。母は認知症じゃないと、どこかでまだ母の病気を受け入れることができなかったのかもしれない。満月の夜には、母を施設へ置いて帰った日のことを思い出す。あの時とは違う自分を、あの時と全く同じ月が淡く照らす。そして、あの時と全く同じ黒い影が、私をじっと見つめている。今夜は十六夜(いざよい)。満月を過ぎるとなぜかホッとする。絵・藤川幸之助
トンネルの向こう側
「こんな所」
           藤川幸之助
始終口を開けヨダレを垂れ流し
息子におしめを替えられる身体の動かない母親。
大声を出して娘をしかりつけ
拳で殴りつける呆けた父親。
行く場所も帰る場所も忘れ去って
延々と歩き続ける老女。
鏡に向かって叫び続け
しまいには自分の顔におこりツバを吐きかける男。
うろつき他人の病室に入り、
しかられ子供のようにビクビクして、うなだれる老人。

父が入院したので、
認知症の母を病院の隣にある施設に連れて行った。
「こんな所」へ母を入れるのかと思った。
そう思ってもどうしてやることもできず
母をおいて帰った。
兄と私が帰ろうとすると
いっしょに帰るものだと思っていて
施設の人の静止を振り切って
出口まで私たちといっしょに歩いた。
施設の人の静止をどうしても振り切ろうとする母は
数人の施設の人に連れて行かれ
私たち家族は別れた。
こんな中で母は今日は眠ることができるのか。
こんな中で母は大丈夫か。
とめどなく涙が流れた。
月のきれいな夜だった。
真っ黒い自分の影をじっと見つめた。

それから母にも私にも時は流れ
母は始終口を開けヨダレを垂れ流し
息子におしめを替えられ
大声を出し
行く場所も帰る場所も忘れ去って延々と歩き続け
鏡に向かって叫びはしなかったが
うろつき他人の病室に入り
しかられ子供のようにうなだれもした。
「こんな所」と思った私も
同じ情景を母の中に見ながら
「こんな母」なんて決して思わなくなった。
「こんな所」を見ても
今は決して奇妙には見えない
お年寄り達の必死に生きる姿に見える。
『まなざしかいご』(中央法規出版)を改行、加筆。

詩「母の遺言」YouTube動画◆新刊本日発売

◆この写真は、最新刊ポストカード詩集「命が命を生かす瞬間」に掲載のポストカードの写真です。今日はブログというより、新刊のお知らせになります。先日から繰り返しブログでも書いていますが、本日、最新刊ポストカード詩集「命が命を生かす瞬間」が発売になりました。目にたこができるくらいに何度も書いて恐縮ですが、私は本を書くことを生業としております身、このブログのオマケとして詩集掲載の写真と最後に詩「母の遺言」YouTube動画を公開して
藤川幸之助facebook http://www.facebook.com/fujikawa.konosuke

命が命を生かす瞬間より

 

 

 

 

【詩集掲載のポストカード写真】

 

いますのでお許しください。◆この新作は、12枚の写真に言葉をのせたポストカードと13編の新作の詩に写真を添えた本です。認知症の母が亡くなってから初めての詩集ということもあり、母の最期を詩にした「母の遺言」や東日本大震災で被災された方々への詩「越えていく」、同人誌に掲載して以来、多くの方に読んでいただき、2011年の北海道の公立高校入試問題にもなった詩「道」や詩「紡ぐ」などを掲載して、とても美しい詩集に仕上がりました。ご一読いただければ幸甚でございます。また、掲載詩のYouTube動画がこの末尾にありますのでご覧ください。
藤川幸之助facebook http://www.facebook.com/fujikawa.konosuke
【ご購入は】
◆購入は、全国書店か、アマゾンサイト
アマゾンでの購入
◆出版社への直接の申し込みでも購入できます。
本の申し込みチラシ
詩「母の遺言」YouTube動画

詩「道」YouTube動画

詩「紡ぐ」YouTube動画